No.497◆「旧盆(盂蘭盆)」に毎年思うこと

 

◇事務局・石川由紀が折々を綴っています。◇ 

 

「お盆」といえば私にとっては大行事。三世代同居の家にただ一人の女の子として育った私は、盂蘭盆だけでなく季節の行事には祖母や母を手伝うのが当然で、「アレ持ってきて」「ココ押さえていて」などと声がかかり、幼いころから家の中を走り回っていたものです。

 

特に「お盆」には叔父や叔母、従兄弟たち、ご近所さんも三々五々お仏壇のまえで手を合わせてくださるので、冷たい麦茶やコップをお出ししたり下げたりなどと、年齢に応じて役割が上から降ってきて、活き活きと"良い子"を演じていたものでした。

 

今の我が家に仏壇が鎮座したのは5年前。婚家も実家も関西なので、しきたりはほぼ同じで盆会は8月。誰に相談することもなく、淡々と準備をし、そつ無く務めているつもりです。子ども達もそんな様式に慣れたもので、お墓参りや供養の会食など私が連絡しなくても、日時や交通手段等を考えて伝えてきます。

 

この時期「帰省」という言葉が会話やニュースから多々聞こえてきます。そのような話を耳にする度に思うのは、「故郷って、育った土地の景色ではなく、想い出の中の人々と原風景なのね」と意識しています。今の私たち"家族"には「帰省先」はないのです。私たちがこの地に定住を決めてから、父母たちが当地へ転居してきて、お墓をこの地に決めたので、我が家の墓地は都内です。双方の実家とも今の家族は彼の地を離れていて、その前のご先祖様たちの墓所はその頃の居住地の菩提寺に在ります。供養やお墓の管理は菩提寺にお任せして、都合の良い日にその菩提寺とお墓にお参りしている現状です。

 

先月都内の旧跡を巡るウォーキングツアーに参加して谷中霊園や雑司ヶ谷霊園等を回ってきました。10年ほど前にも同様のツアーで巡ったのですが、様変わりしていました。前のツアーの時は、継承者に連絡をくれるように書いた立札があちこちにかなりの数が見受けられました。今回は更地になった区画と、新しい墓石が目立ちました。整理が進んだということでしょう。「墓仕舞い」が課題になっているのは、地方都市だけではないようです。

 

「職業選択の自由」が行き届いたり、「社会が必要とする職業」が変遷したりで、親の職業を継ぐことが激変し、居住地が変わったこともあるでしょう。数百年雇用者だった私共の家系は今も転居を続けています。(戸籍の本籍地はそれほど変わっていませんが。)

 

文部省唱歌「ふるさと」の歌詞がピンとこない私の今年の「旧盆」です。これからも続くことでしょう。