「おひとりさま」「ボッチ」「ソロ」、私は・・・

 社会では1人暮らしの人のことを、「おひとりさま」「ボッチ」「ソロ」等と呼んでいます。言っている方も聞いている方もこの意味をネガティブに捉え過ぎていないでしょうか。「孤独」な人、「孤立」している人として見ていないでしょうか。

 単身けんの事務局を30年もしていると違和感を覚えます。それは私の1人暮らしは今年からですから、家族と共に暮らしている人との付き合いも同数くらいあります。だから双方の状況を見て生きてきました。

 同居家族が居ても家族とうまく付き合えていないで、その関係改善に

ばかり心が捕らわれている人。家族の同意がないと何もできない人。

家族が居てくれるだけでも幸せなんだから、と自分の想いを閉じ込めて

いる人。いろんな人を見てきました。

 一方、1人暮らしを極力悟られないように、ひとりでいるところを見

られまい、知られまいとしたり、自分と合わない人とも無理にでも付き

合ったり、と。

 家族が居る居ないにかかわらず、本当の自分を隠して我慢して生活し

ていると、いずれ人間関係に疲れ、自分の人生が不満だらけになってし

まうのでは?

 

 わたしが単身けんと巡り合った頃は、結婚していなくても左薬指に

“指輪”をしている人がかなりいらっしゃいました。それは1人暮らしに

まつわるネガティブな偏見から逃れるためでした。逆に私は既婚者とし

て遇されたくないので“指輪”は一切しませんでした。

 1986年施行の男女雇用機会均等法から30年余、このような思惑

から“指輪”にこだわる人を見かけなくなって、嬉しく思っています。

 

 未婚・既婚・離婚にかかわらず、誰にも頼りかからず、自分の意志を

前に出して、自己責任で生きようという姿勢が重んじられるようになっ

てきて、随分生きて行きやすくなったのではないでしょうか。

自由が尊重されるということは、自己責任が重くなるということです。

私は10年ほど前から“受援力”と言う言葉を広めようとしてきました。

 誰もがいつかは一人暮らしになる世帯構造になった今、自分で作った

情報網やネットワークが自分を支援してくれる、と言いたいのです。

頼る家族が居ない人の方が、“受援力”があるように思う今日この頃です。

 

 「おひとりさま」「ボッチ」「ソロ」、私はあえてどのようなイメージ

に分類にしてほしいかというと、「ソロ」かなぁ・・・

 

 

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